2021.7.15 あじはあじなり

マアジが少々、網に混じって漁獲されます。
私たちの働く漁場で獲れるものは画像下の小振りのサイズが殆どで、上の大きめのサイズはあまり獲れません。
オカズとしてもらって刺身にしましたが、小さいものは三枚におろした片身がそのまま一口分なのでちょうどよいです。
私はマアジはいつ食べてもおいしいと感じます。
年中いつでも、食べると「うん、うまい!」と思い、旬で脂がのったものは「うおおお!うめえ!!」と思います。
おいしい、もしくは非常においしい、の二択しかなく、今までの人生で、マアジを食べてマズいと思ったことがありません。
魚の味にかんして、以前、季節外れの細いイワシを食べてはっきりとマズイと感じたことはあるし、自分が漁師だからといって採点を甘くしているつもりはありません。
マアジは、季節・場所・調理法を問わず、どこで食べてもおいしいものにしか出会っていません。
江戸時代の学者の新井白石が、その著書の「東雅(とうが)」という語源辞典でアジについて、
「アジは味なり その味の美をいうなり」と書いており、
「鯵ってのは味が良いからアジと言うんだよ」と聞いたことがある方も多いことでしょう。
アジがおいしいという意見には完全に同意できますが、ここで疑問なのが、なぜアジなのか?ということです。
四方を海に囲まれた日本において、おいしい魚は無数にいるのに、なぜアジが美味の代表に選ばれ、「味」の名を冠されたのか?
例えばマダイ。その姿・色・味の全てにおいて良しとされ、「あやかり鯛」という言葉があるくらい日本の魚界では重用されています。
マダイとマアジ、どちらがおいしいかと問われれば、私は非常に迷います。
また例えば、タイは高級であり庶民には手が届きづらかったとしても、イワシやサバは古来より大衆魚として愛されています。
イワシは平安時代には下魚とされ、貴族階級が口にすべきものではなかったのに、紫式部(or和泉式部)は好物で夫に隠れて食べていたという逸話が残されているほど、昔から味に定評があります。
サバは「鯖街道」なる道が歴史に残るほど人々の生活と切っても切れぬ関係の魚であり、味に関しても言わずもがなです。
「其味の美をいふなりといへり」というのが名の根拠であれば、マダイやマイワシやマサバがマアジと呼ばれてもよかったのでは?
新井白石さんの著書にイチャモンをつけてしまいましたが、この東雅という語源辞典に関するブリタニカ国際大百科事典の解説には、「こじつけも多い」なんて書かれています。
「味がいいからアジ!」てのはまあ、冗談半分の説と私は思っておきます。
ちなみに白石さん、鰯(いわし)については
「イワシはヨワシなり」と書いています。
なんかこういう例だけみちゃうとこの白石という人、ただの駄洒落かラップ好きのおじさんよね。