マツダイが獲れました。
この魚は流木や流れ藻の塊など、水面に浮かぶ物体の下に付くのを好み、獲れるのはきまって海面に浮遊物が多い時です。
厳つい体型と色合いから、なんとなく古代の魚といった趣が感じられます。
実は今回の個体は大量のミズクラゲにもまれたせいでだいぶ白くなってしまっていますが、本来は全体がもっと濃く、どす黒い色をしています。
このマツダイですが、私の周りで食べたことがある人はいません。
漁獲が少ないから高級で手が出せないというわけではなく、また毒もなく、まずいという評判なのでもありません。
理由は後で述べるとして、今回私は食べてみます。
捌いたら古代魚風の外観の下から美しい白身が現れました。
腹のカマなどじつに分厚いです。
半身を刺身、半身は塩焼きにして6人の仲間で試食しました。
皆、マツダイを食べるのは初めてです。
結果は満場一致でマツダイはおいしいとの評価になりました。
刺身も良かったですが、塩焼きのほうが人気でした。
さて。
それではなぜ、今まで私の周りで誰も食べてなかったかの話をします。
先に注意しますと、この先は尾籠(びろう)な話になりますので、苦手な方は端末を閉じることをお勧めします。
私が大平丸で働き始めた二十数年前の話ですが、当時の大平丸には技術、知識、経験すべてが豊富な凄腕のベテランが何人もいました。
そのベテラン勢がこぞってマツダイのことを「クソダイ」と呼んでいたのです。
なぜそんな名称で呼ぶのか尋ねると、「こいつぁな、クソ食ってるんだよ!」と力強く言われ、なんのことかよくわからないまま深く追求もせずに今まできました。
今回記事にするにあたり当時から居る七十代のベテランに詳しく聞いたところ、
「ありゃあな、おわい船についてんだよ!」と力強く教えてくれました。
「おわい船」なんて、中年以上で、しかも海沿いに住んでいる人でなければ聞いたこともないでしょうね。
昭和初期から平成初期まで東京湾周辺地域では、屎尿(しにょう 人の排泄物)を船に積み、東京湾を出て大島までの中間あたりに行きそれを海に投棄していました。
その屎尿処理船を通称おわい船と言います。
ベテラン曰く、マツダイはその船にいつも付いている。
だからマツダイは屎尿を食うクソダイだ!そんな汚い魚、食わねえよ!
というのが、大平丸先達の共通認識だったのです。
信じがたいので調べると、マツダイは肉食で小魚や甲殻類を捕食するようです。
私の考えでは、マツダイの中にたまたま流木の代わりにおわい船の下に付くことを選んだ個体がいただけのように思います。
そもそも昭和初期から始まった屎尿海洋投棄が餌場だというなら、それ以前はマツダイは何を糧に生きてきたのか、という話です。
し尿を餌にするなどというのはベテランの勘違いに過ぎないと私は思います。
しかし私が言うのもナンですが、漁師って、いちど思い込んだらどんなに理を尽くして説いても頑として受け付けない人が多いです。
うちのベテラン達にとってはマツダイは今後もクソダイのままで、食べることはないでしょう。
そういえばマツダイって、面白い泳ぎ方をすることがあるのですが、今回は長くなってしまったのでその話はまたいずれ。